Archive for 12月, 2011
イルミネーション<12月26日>
クリスマス連休、皆様どのように過ごしましたか?
40年近く前の青梅駅前は、ジングルベルの音楽が流れ、先のとがった三角帽をかぶった酔っ払いたちに交じり、サンタクロースの格好をしたケーキ売りの人たちが、渦高く積んだケーキを、道行く人、買い物客に売りつける。ケーキを持ってないと恥ずかしいくらいでした。
私は当時ケーキ職人、クリスマスのデコレーションケーキは毎年3千個ほど作っていた。12月に入ると、台を焼くことから始まり、当時はバタークリームと生クリームとが半々くらいで、バタークリームは日持ちがしたので先に作る。
そんななか、長女が12月15日生まれた。忙しい最中だったので忘れもしない。その子も30ウン才になり三児のママで元気に過ごしている。
当時と比較すると、町の風情も大きく変わった。皆冷静になったと言うか、何時でもケーキは食べられる、同じように正月用品も年末に大量に買い物をしなくなった。
和菓子屋を商っていたことから12月31日は、一年で一番売り上げが多かったことを思い出す。当時仕事が終わるのは、午前様が当たり前、年々、行く年来る年、紅白、レコード大賞をテレビで見られるようになり、菓子工場を辞めた時は、大晦日は掃除だけでした。
青梅駅前のイルミネーションは、もう何年になるか?忘れたほど長く飾りつけをやっている。
初めのころは、イチョウ並木に飾り、木に登って着けていた。それは、労力の割に綺麗につかず非常に大変、しかし電飾があるだけでも良き時代でした。数年経って、クレーン車を借用、着脱で5万円で付け頂く交渉の甲斐あって、楽に付けられるようになる。しかし、木に付けるということで、電球の破損も相次ぎ、電気屋さんにボランティアで球切れ等補修して頂いていた。
その後、駅前の照明塔のてっぺんから着けるようになり、電気供給は、青梅駅に協力頂き、簡易な電信柱を付けて頂く。それまでは、駅舎の屋上から電気を引く、蛍光灯用の配線から枝分かれさせ、番線を補強に使い約15m程ですが、結構大変な作業でした。
電球もLEDに変わり、あちらこちらでクリスマスイルミネーションがマスコミでも取り上げられるようになり、明星大学に依頼してデザインを施した飾り付けもこもこの頃行い、タイマーを取り付け、電気の点灯・消灯も自動化した。
今は、全国てきに賑やかに行われるようになった。因みに、お金と労力を掛け、豪華絢爛、競い合いもあるのでしょう。
青梅駅前のイルミネーションは、商店街を利用するお客様、家路に帰る人へのおもてなし、季節感の演出を醸し出せればと、行ってきた。今年は、昨年までの電飾を使い、予算は0円で出来た。
26日、クリスマスも終わり、手ふりサンタを外す。年内いっぱいイルミネーションは点灯させる。正月用の謹賀新年の看板を依頼、12日のだるま市、大ダルマも12日に飾る手配もできた。
青梅の顔、青梅駅前造作での「おもてなし」四方山話、記載してみました。